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神経内科医ちゅり男のブログ

「気ままに、ほどほどに」がモットーのゆるい神経内科医が日々の気づきを書いていきます。ただそれだけですが、よろしく。

情報が飽和している時代にあえてブログを書く3つの意義

現代では、すでに情報は飽和しており、インターネットの普及によって誰でも無料でほとんどの情報にアクセスできるようになった。

このブログで発信している情報も完全なオリジナルは無く、全ては既存の知識の使い回しということになる。

そもそも、この時代において完全にオリジナルな知識を発信し続けるということは不可能といってよい。

そんな時代において、なぜ個人があえてブログを続けるのか考察してみたいと思う。

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 情報が飽和している現代において、個人がブログで情報発信をする意義3つ

1. 自分の思考を文章化することで整理する

かつて受験を乗り越えてきた人であれば、書くことによって思考が整理されるという事実は実感できると思う。

頭の中で考えているよりも、書くことによって思考がよりクリアになる可能性がある。

ブログの記事を蓄積していくことで、以前の自分がどのようなことを考えていたか、より簡単に振り返ることが可能だ。

二度と読み返さない日記を書くよりも、ブログを書いた方が後々の情報検索性も高まるし、場合によっては自分の書いた内容が他者に影響を与えうる点が、日記と異なり面白いところだと思う。

 

2. インターネットを通じて、普段出会わないような人と交流をする

同じ職業に長年従事していれば、毎日が同じようなルーティンになることはどうしても避けられない。必然的に毎日出会う人の顔ぶれも固定されてくる。

人として成長を続けるためには、他職種・普段出会わないような属性の人々との出会いが重要だ。

他分野とのコラボレーションによって、新たなイノベーションが生まれるということはよく経験することだ。

例えば、医療であれば手術支援ロボット。医者だけで開発することはとても不可能で、工学系の先生方と共同開発が欠かせない。

それと同様で、ブログを通じて他分野との交流をはかることで、本業にも好影響を与える可能性を期待したい。

 

3. 完全にオリジナルな情報ではないにせよ、情報の伝え方によって受け手の印象がかわる

冒頭に記載したように、このインターネット全盛時代において、完全にオリジナルな情報を発信し続けることは不可能だ。

だからと言って、個人が情報発信をする意味がないとは思われない。

なぜか?

それは、同じ情報であっても、その発信の仕方によって受け手に与える影響は変わる可能性があるからだ。

ブログはその人の顔とはよく言ったもので、有名ブロガーになれば、同じ情報を発信してもその影響力は絶大なものになる。

一方で、人気ブログになるにつれて社会的な影響が大きくなるため、正しい情報を発信し続ける責任も生じてくるから難しいところだ。

私のブログなどはまだまだ素人の日記に過ぎないが、それでも私の知らない所で読者の人生に多少の影響を与えている可能性があるわけ。

そのあたりがブログの面白いところだと思う。