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神経内科医ちゅり男のブログ

「自分が病まない程度にほどほどに」がモットーのゆるい神経内科医が日々の気づきを書いていきます。ただそれだけですが、よろしく。

日本人研究者と英語論文

医者の世界 健康ネタ

 

ご存知のように、学術論文の世界では英語論文で書くというのがスタンダードだ。

日本語論文が評価されないというわけではないが、日本語で書いてしまってはせっかくの発見を世界に知らしめることができなくなる。

世界的に見て日本語を読み書きできるのはほぼ日本人のみだからだ。

学術論文の世界も、経済や外交と同じでやはり米国を中心に回っている。英語で書くことで初めて全世界の人に自分の発見をアピールすることが可能となる。

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英語が母国語でない日本人は決定的に不利な立場からスタートしている

いつも思うのは、英語圏の人が英語論文を書くのは、日本人が日本語論文を書くのと同じことだと言うこと。

つまり、英語圏に生まれた研究者は、論文を書く時に語学の壁というものを考えずに済む。

これは非常に大きなアドバンテージだと思う。日本の優秀な研究者の中には、学会発表などは数多くこなしていても、意外と英語論文を書いていない人がけっこういる。

彼らは、日本の学会内では有名人だったりすることがあるが、世界的には研究者として評価されないのが現実である。

その一因として、初めの数本の英語論文を書き上げて自分なりの書き方のメソッドを確立するまでが、英語を母国語としない日本人研究者にとってハードルが非常に高いことがあると思う。

日本人が必死になって英語の勉強をして四苦八苦しながら英語論文を書き上げる間に、英語圏の人たちは研究成果をあげるための研究に没頭できるわけだからね。

この差を埋めるまでにかなりの時間を要してしまうのが日本人研究者の不利な点だと思う。

日本の医学部生は比較的時間の融通がきくので、学生時代など時間的な余裕がある時に先見の明を持って英語力を磨き上げておけばよいのだろうけど、なかなかそこまで将来を見越して勉強できる者は少ない。

現実的には、英語論文を書かなければならないという目先の必要性に迫られて重い腰をあげて英語の勉強に取り掛かるという人が大半だと思う。

 

研究実績=論文の数と質で評価=英語が母国語の研究者が有利の図式

こうして考えてみると、優れた研究成果が英語圏から出てくる可能性が高いというのも理解できるし、もしかすると日本の優れた研究成果の一部は、英語論文という形にならずに埋もれてしまっているものもあるかもしれない。

要するに、一流の研究者になるなら英語圏、特にアメリカにうまれた方が有利なシステムになっているということ。

日本人研究者として世界に羽ばたくならば、語学の壁だけでなく、欧米人と対応にディスカッションして渡り合えるスキルなど並々ならぬ努力が必要。

自分は元来不利な立場で戦っていこうとは思わない人だからこういう世界には縁がないけれど。

個人的には、自分のスキルが評価される、活かされる場所に身をおくということが大事だと考えているので、やはり臨床で生きていくと思う。

それでも研究者として生きていくならば、元来不利な立場からスタートをしていることを自覚して、たゆまぬ努力をしないと勝ち上がれないと思うよ。